一、声は近い
悲鳴は遠くから聞こえるのではない。受話器のすぐ向こう、あるいは耳の中から聞こえる。 多くの証言者は「距離がなかった」と語っている。
その声は、
他人のものではなかった。
電話の向こうで、
私が叫んでいた。
まだ叫んでいない私が。
黒電話のもっとも異様な点は、鳴ることではありません。 受話器の向こうで聞こえる悲鳴が、電話を取った本人の声に近いことです。
玲奈は最初、その悲鳴を知らない女の声だと思った。高く、長く、喉が裂けるような声。 それは人が驚いたときの短い叫びではなく、助けを求めるための声でもなかった。
もっと深い場所から出ている声だった。逃げ道がなくなった人間が、最後に吐き出す声。 そして玲奈は、受話器を握ったまま気づいてしまう。 その叫び方を、自分は知っている。
口の奥の震え。息の切れ方。最後に声が裏返る癖。 それは、録音で聞いた自分の声よりも、もっと自分に近かった。 他人には分からない、自分だけが知っている声だった。
悲鳴の後、短い沈黙があった。電話の向こうで誰かが息を吸った。 そして、声が言った。
それは警告だったのか。命令だったのか。それとも、すでに手遅れになった自分からの後悔だったのか。 玲奈には分からなかった。ただ、その一言を聞いた瞬間、電話を切っても終わらないことだけは分かった。
記録は少ない。けれど、少ない記録ほど不気味に一致している。
悲鳴は遠くから聞こえるのではない。受話器のすぐ向こう、あるいは耳の中から聞こえる。 多くの証言者は「距離がなかった」と語っている。
一部の録音では、悲鳴の声紋が受話者本人に近い。 ただし完全一致ではない。本人の声に、別の声が重なっているような歪みがある。
録音された時刻、受話者本人は実際には叫んでいない。 口を閉じていた者もいる。眠っていた者もいる。別の場所にいた者もいる。
電話を切った直後、悲鳴の内容を覚えていない証言者がいる。 しかし数時間後、あるいは数日後、夢の中で同じ声を聞く。
二度目以降の着信では、悲鳴の前後に受話者の名前が聞こえる場合がある。 その声は、本人の声ではなく、本人をよく知る誰かの声に似ている。
長い悲鳴の後、最後に短い言葉が残る。 「出ないで」。あるいは「まだ」。あるいは、聞き取れないほど小さな息。
以下は、病院の記録装置に残された音声の書き起こし断片です。 原音は劣化しており、一部は推定です。
『電話』では、悲鳴の正体を一つに決めません。 未来の自分、過去の自分、もう一つの部屋にいる自分、あるいは電話に記録された無数の声。 答えが分からないからこそ、受話器を置いた後も怖さが続きます。
もし悲鳴が未来の玲奈の声なら、電話は警告である。 これから起きることを防ぐために、未来の自分が過去へ声を送っている。
しかし、その警告を聞くためには、電話に出なければならない。 矛盾そのものが罠になる。
もし悲鳴が過去の誰かの声なら、電話は記録装置である。 そこに閉じ込められた声が、似た境遇の人間へ再生されている。
けれど、なぜ声紋が本人に近づくのかは説明できない。
もし悲鳴が電話そのものによって作られた声なら、黒電話は人間の記憶を使って音を作っている。 最も怖い声を、本人の中から取り出している。
もし悲鳴が別の場所にいる自分の声なら、電話は二つの時間をつないでいる。 こちら側で受話器を取ることが、向こう側の扉を開ける。
悲鳴は物語の中心です。着信、録音、証拠、最後の章へつながっています。