指紋が残らない
玲奈、回収担当者、鑑識担当者が触れたにもかかわらず、有効指紋は検出されていない。 表面には傷や汚れがあるが、指紋だけが消えている。
黒電話。
破損なし。
指紋なし。
説明なし。
棚に入れた。
鍵をかけた。
それでも、鳴った。
証拠品317は、山の上の貸家から押収された旧式回転式電話機である。 黒色。重量は通常の同型機より重く、製造番号は判読不能。 外見上は古い黒電話にすぎないが、押収後の記録は通常の物品として扱うことを困難にした。
黒電話は、玲奈の通報後、貸家一階の居間から回収された。 回収時、電話機の周囲には電話線、接続端子、電源装置、通信機器の類は確認されていない。 本体後部には短いコードがあったが、どこにも接続されていなかった。
回収担当者は、受話器が異常に冷たかったと証言している。 ただし、物品温度測定は行われていない。報告書には「室温との差異あり」とのみ記載された。
署へ移送後、黒電話は証拠品317として登録された。 受話器は紙で包まれ、封印紙が貼られ、金属棚の奥へ保管された。 棚は施錠され、保管室の入退室記録にも異常はなかった。
しかし三日後、午前三時十七分、保管室の録音装置にベル音が残った。 防犯映像に人影はなく、棚の封印も破れていなかった。
台帳上、証拠品317は単なる物品として登録されている。 だが、備考欄に残された短い記述が、その後の異常を示している。
証拠品317の異常は、派手な怪奇現象としてではなく、記録の矛盾として現れる。 その矛盾が積み重なるほど、黒電話は物品ではなく事件そのものに近づいていく。
玲奈、回収担当者、鑑識担当者が触れたにもかかわらず、有効指紋は検出されていない。 表面には傷や汚れがあるが、指紋だけが消えている。
玲奈は台所で金槌を使って黒電話を破損させたと証言している。 しかし押収時、電話機本体には破損がなかった。 黒い破片だけが別袋で発見された。
複数の証言者が、受話器の異常な冷たさを述べている。 室温、保管場所、時間帯に関係なく、最初に触れた者は必ず冷たさを記録している。
新しく貼られた封印紙が、翌朝には数年経過したように黄ばんでいた。 破損や貼替は確認されていない。
配線を切断され、受話器を封印された状態でも、保管室の録音装置にはベル音が残った。 音源位置は棚の奥から始まり、数秒後にはマイク直近に変化している。
関係者の一部は、7317317という数字を繰り返し思い出す。 その番号をどこで見たのか、いつ聞いたのかは、本人にも説明できない。
証拠品317の保管中、最も重要な記録は午前三時十七分のベル音である。 この時点で、黒電話は通信機器ではなく、説明不能な証拠物として再分類される。
黒電話を中心に読むと、事件の全体像が最もはっきり見える。